観蝶日記-ナガサキアゲハと地球温暖化-
ナガサキアゲハに憧れていた。山地で時どき見かけるのだが、高く、早く、かっこよく、飛び去るのを見上げるだけで、文字どおり手がとどかなかった。昆虫少年の友だちがようやく手に入れ、「シコクナガサキアゲハって言うんぞなもし」と見せびらかされた。先日、その話を専門家にしたら、「聞いたことないなー」とニベにべもなかったが、あれは幻だったのかしら。
いま気候の温暖化がさかんに議論されている。化石燃料のたきすぎによる、炭酸ガス放出量が、悪役とされるが(それは認めるにしても)、問題はそれほど単純ではないとおもう。地球は何億年もまえから、温暖と寒冷を周期的に繰り返してきた。それについては、太陽の黒点活動とか、自転軸の変化とか、さまざまな説があるが、明確なものはない。手近なところを、大づかみにいえば、最終氷期が終わったのが一万数千年前、その後急速な温暖化があって約六〇〇〇年まえにピークをむかえる、そして、その後また寒冷化している(その意味では、いまは間氷期である)。
私の研究分野である縄文時代はこの温暖化のなかで生まれ育った。とくに六〇〇〇年前ころから、東日本では遺跡の数が突然急増えはじめ、規模も大きくなる。温暖化のため、植物相が豊になったことと海水面が上昇して内陸に深く入り込み海の食資源が利用しやすくなったことが文化興隆の要因だと考えられる。縄文の温暖化について小松左京さんと話していたら「縄文人は石油をつかいすぎたんやろ、自動車はまだ発掘できてないの?」、なにゆうてはる。
蝶を展示に使いたいとSさんに相談したら、コレクションをみせてくれた。「ナガサキアゲハ?いるんですか」、「普通に見かけるものですよ」。「たしか、分布の北限は四国だと」、「温暖化で、北へのびてるんです」。そういえば、三内丸山遺跡の気候変化を述べようと、チョウの分布を調べていたら、かつては秋田県が北限とされていたクロアゲハが、現在は青森県深浦あたりでも見かけるようになったことがわかった。チョウは気候と植生の変化に敏感に反応する。滅びるものもあるが、適応力の強いものはしぶとく生息域を拡大しているのだ。そうか、少年の頃の私の夢は、千里ニュータウンの草むらにもぐっていたのか。ガッカリしたような、うれしいような複雑な気もちです。
蝶の写真は、http://www.iip.co.jp/zukan/ から。
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