館長ノート 28

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観蝶日記 -オオムラサキ-

4月3日、晴れて日ざしが暖かい。博物館の広場のアラカシのまわりをアゲハチョウがとんでいた。ぼんやり見ていると、「今年はずいぶん早いですなー」と散歩の人に話しかけられた。
今回の展示で、ニュータウンの建設が自然にどんなインパクトを与えたかをみせようということになった。それだけで、一つ特展ができるほどのトピックなのだが、陳列ケース3メートルという割り当て空間内でどう表現するのか。自然部会での討議の結果、建設前と後の緑の地図を作って、まわりに動植物の写真をちりばめる、実物は蝶を中心にかざることにした。資料が多いし、あつかいやすく、場所をとらない、それにきれいだ。

里山だった千里丘陵は、ブルドーザーで更地にされてビルや住宅が建ちならぶ都市になった。都市は砂漠に似ていて、生き物の数がすくない(人とそれに頼っているペットや害虫などをのぞけば)。
しかし、千里ニュータウンは、公園、街路樹、庭木、鉢植え、それに部分的ではあるが、保護運動によって守られた里山や池が残り、外来種がふえて、あたらしい生態系をもつ緑の町になった(広場には、在来-帰化、植物の相克を示すためにセイヨウタンポポとカンサイタンポポの鉢を置くことにした)。

チョウをケースに並べるとき(1)消えた、(2)少なくなった、(3)増えたの三群に分けるのはどうだろう、いや(2)は消える運命にあるのだから、思い切って(1)と(3)にしよう、それなら、(1)にオオムラサキが入るだろうと提案した。ところがSさんがそれはしのびない、最近も見た(コムラサキだったかも知れないがという注つき)という。
オオムラサキは国蝶で、高く、はやく飛ぶ。最近の『文芸春秋』で、昭和天皇が生物学への目を開いたのは、少年の頃、苦労してとったオオムラサキだったとあったのを見て、むべなるかなとおもった。
そういえば、梅棹忠夫さんや河合雅雄さんなど、戦前の昆虫少年と話をしていると必ず、この美しいチョウの話がでる、Sさんもおなじである。幼時の刷り込みのはげしさ、かつての日本の自然がやさしくゆたかだったことをうらやましくおもう。
まだいるのか、絶滅したかの議論は別にして、昆虫少年の憧れの的、オオムラサキは展示の目玉として、はずすわけにはいかないだろう。もしそうならば、もう一つ、ギフチョウがある。 (このはなし続く)

 

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