●不思議な門…。今は「筑波西部工業団地」となった会場跡地の入口何ヵ所かに構えています。これがぐるぐる回って…いると面白いのですがそのようなことはなく、静かに光っているだけ。
●サイエンス大通り!万博関連で整備されたアプローチ道路です。いかにもつくば!いかにも80年代!という名前ですね。日本は科学技術立国でいくんだという翳りも迷いもない時代の雰囲気が伝わってきます。科学万博のわずか数年後に日本はバブル経済に突入し、工学系出身の学生がこぞって金融関係に就職してしまう…という事態を迎えるわけですが…。
●サイエンス大通りとクロスするのは、エキスポ大通り。もう、うれしくなってしまう名前ですが、標識がどれもお疲れ気味なのが残念…。この通りが万博の中心会場と、筑波研究学園都市を結んでいます。
「筑波研究学園都市」は、1963年に建設が閣議決定され、60年代後半から80年までに国の機関が移転し、以後民間企業が進出し…という進み方なので、計画の始まったのは千里と大差ない頃ですが、(オイルショックを挟んで)非常にゆっくりと建設が進んだ…という点が千里と違います。2005年につくばエクスプレスが開通して都心(秋葉原!)と45分で直結され、この路線沿いに新しい町を続々建設中…。この過程は「千里ニュータウン+万博→グレーター千里」に町のコンセプトが拡がっていったのと同じ図式を見るようです。「グレーターつくば」が生まれようとしているわけですね。
●筑波研究学園都市に戻ってくると…げげっ、住宅街の真ん中にロケットが…さすが、つくば!ここは、つくば’85の第二会場になった「つくばエキスポセンター」なんですね。このロケット、実物大模型ということになっていますが、いや実は本物だという話もあるようで…真実はいかに?日曜に行こうとしたら駐車場が満車で入れませんでした。科学万博の記念財団もここを本拠地にしています。(ロケットの中じゃなくて横の建物です!)
科学万博、万事記録破りだった大阪万博に比べると、テーマを「科学技術」に絞ってマジメすぎたのか、日本最初の万博じゃなかったせいか、いささか地味な印象がありますが、やはり太陽の搭のようなスットンキョーさと言うかベラボーさと言うか…そういう要素に欠けた気もします。その中では住宅街の中に立つこのロケットが、唯一なにかを「突き破っている」印象を受けました。
…こうして「よその万博」と比較すると、やはり大阪万博の派手さというか「やりきった感」は、「大阪でやった」という土地柄が強く影響していたのかな?と思います。何でも許してしまう関西人気質と、東京のヒエラルキーを逃れてやってきた東京人の解放感と…やはりつくばは「研究学園都市」であり、キマジメな感じがするんですね。
●つくば市のマンホールのフタ、見とかなきゃ!しっかりそこにはスペースシャトル?と土星が…背景は言うまでもなく筑波山。四六のガマも飛ばしといたらもっと面白かったのに~。吹田市の「太陽の搭マンホールフタ」と共演させたいものです。
※筑波研究学園都市のレポートは、ニュータウンを追いかけているokkunのブログ「アラウンド・藤白台」で、北海道のニュータウンのレポート終了後お届けいたします。北海道もたくさん書くことがあるので、あと3週間ぐらいお待ちください…
(by okkun)
コメント
マンホールはその地域の特色を出そうと努力している姿が見えて楽しいですね。マンホール展でもしてみてはいかが?そして、人と地下との関わりの展示も面白いかも。