「未来へ走る新しい鉄道」(北大阪急行建設記録映画)

へそまがりの私は、人が来ているであろう無料観覧日を避けて、きょう「アーカイブ展」の第二部を見てきました。山田村、千里(ちさと)村、新田村のお宝が出てるとあっちゃあ、見ておかなくちゃね!ちょうど講座の時間でしたが、おいしそうな匂いがするのでかまわず特別展示室へ行くと…

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おおおっ!こんな貴重な映画をやってるではありませんか!しかもエンドレスで!「EXPO EXPRESS RAILWAY」はまごうかたなき北大阪急行。EXPO70にあわせて建設された同鉄道の建設の記録です。タイトルの書体が70年ムード満点で泣かせます。

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一面の田んぼの中を北へ伸びる高架橋。ここはどこ…?今の若い人にはシンジラレナイでしょうが、江坂です。たしかにこうでした!神崎川を渡ると桃山台まで、ひたすら田んぼと竹林の中をまっすぐに伸びる未来鉄道…そのアプローチを越えて蜃気楼のように現れる千里ニュータウンと万博会場は、この世のものとは思えなかったことでしょう(ニュータウン育ちの私には、逆に竹林と田んぼのほうが、この世のものと思えませんでしたが…)。緑地公園の駅は1975年までありませんでした。吹田市西部の飛躍的な発展に、北大阪急行は欠かせない役割をはたしたのです。

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建設工事のクライマックスは、名神をまたぐ高架橋の架橋。北側にトラスを組み上げておき、黄色い仮設の先導トラスに載せて北から南へそろそろと送り出します。びっくりするのは、名神の交通を止めず、下にクルマがびゅんびゅん走る真上で、真昼間からこの「送り出し」工事をやっていること。翌日の明け方までかかったそうです。下がバス停部分で通常の高速道路より道幅が広いため、とりわけ難しさが増したとのこと。車線を絞って対面通行にし、仮設の橋脚を置いていることがわかります。まさに現代という名前の「ドラマ」の一幕です。

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桃山台の車庫にぴかぴかの新型車両2000系を運び入れてるところ(そんな漫才が昔あったなぁ~この車庫は地上だけど…)。この車両は冷房改造が難しかったため、わずか23年の命で、1993年には姿を消しました。外観は大阪市営地下鉄の規格に合わせ、室内は阪急調の落ち着いたインテリア…北大阪急行の成立を反映した車両でした。(この2000系車両の模型も出ています!)

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現在使われている、千里中央の地下駅の完成直後。広告も表示類も一切入っていなくて、まるでSFの秘密基地のようです。万博期間中は万博会場に線路をつなぐため、千里中央駅は千里阪急ホテル前の中国道上り車線上に設けられた「仮駅」を使っていました。しかしこの「本駅」も1970年春には同時に完成して、半年間地下に眠っていたのです。万博が終わった次の日の1970年9月14日から、この駅は使われ始めました。

…と、みどころ満載、現代吹田の変貌のある物語がつまった貴重な映画が見られる「吹田いまむかし展」。ぜひ博物館に足を運んでゆっくり鑑賞してください。

(残念なのは、画面がハイキーすぎて白飛びしているのと、映像の説明がないことです…オオムラサキだってすごく面白いことやってるのに「こちらです!」って書いてないから、ありゃ98%の人は気がつかないで帰っちゃうよ~あーもったいない!)

(by 思わぬ収穫にコーフン気味のokkun)

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