『博物館だより』41(印刷中)より、この3月末に退職されるすいはく・学芸員の滝沢幸恵さんからのメッセージをご紹介します。
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地域信仰史の視座
「光陰矢の如し」といいますが、私が吹田市立博物館の美術工芸担当学芸員となってから20年の歳月が過ぎようとしています。この間、平成4年の吹田市立博物館開館記念特別展「北摂の仏教美術-聖と民衆の祈り-」に始まり、同8年度企画展「禅僧雲居希膺-その生涯と作品-」、同11年度特別展「北摂古寺巡礼-信仰の語り部たちとの出会い-」、同12年市制施行六十周年記念「収蔵品展-受け継がれてきた吹田の文化財-」、同15年度特別展「山寺の聖たち-その信仰と物語-」、同17年度特別展「西村公朝 祈りの造形」、同20年度特別展「西村公朝-たどり来し道-」と、計7回の企画展示を手がけてきました。だいたい2,3年に一回めぐってくる展示は、私の20年間の記憶の物差しとなっています。
展示は、“地域信仰史”をテーマとしたものが多く、造形や文字に表された資料から、その土地に生きた人々の信仰の営みを探ろうとするものでした。展示準備のため、北摂や周辺地域の寺院を訪ね、伝来の仏像・仏画・仏具・墨跡や古文書などの文献史料を調査する機会に恵まれました。そうした作品を間近で見、手で触れることで、先人たちの祈りの心を僅かばかりでも実感できたように思います。現地調査では、寺院の境内はもちろん周辺地域を踏査し、その土地の地形や景観を観察したり、史跡や名勝地を訪ねました。特に注意を払ったのが、昔から神聖視されてきた巨木や巨岩、滝・泉・井戸などの湧水地で、私はこれらを“聖地のランドマーク”と呼んでいます。
日本人は、太古の昔から万物自然や森羅万象にカミの顕現と働きを感じてきました。自然崇拝を基調としたカミへの祈りは、祖霊を崇める祖神信仰と結びついて神祇信仰を形成し、後に神道へと発展していきます。外来の宗教であった仏教は、日本古来の神道と協調、融合し、神仏習合という日本独自の宗教世界を築き上げていきました。寺院の縁起には、その土地に自生する霊木から仏像を刻んだとか、地中や池、滝から仏像が出現し、さまざまな霊験を現したと語られることがあります。こうした縁起伝承を伴う仏像は、仏教の仏であると同時にその土地を守護する神でもあると信じられていたことを暗示しています。仏像と伝承と聖地、この3つが揃ったとき、その土地に根ざした信仰の世界が生き生きと浮かびあがってきます。
私は、本年3月をもって退職いたしますが、この仕事を通じて地域信仰を探求してきた経験は、なにものにもかえがたい財産となっています。調査や展示でお世話になった所蔵者の方々、そして博物館に足を運び展示を観覧してくれた方々に心より感謝を申し上げます。
(滝沢幸恵)
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滝沢さんの講演会は、先日お知らせした3月28日午後2時~「吹田の観音信仰」のほか、3月23日にもあります。
第269回 吹田郷土史研究会例会『早春歴史文化講座』@メイシアター旧字地名を考証する
13:30~14:50「千里ニュータウンに埋没した古代史」 竹田純立
15:00~16:20「吹田の行基伝承」 滝沢幸恵
(参加費 会員500円、一般700円)
どうぞよろしく。
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