本のご紹介: ズボラもんも納得の環境倫理学入門! 「マンガがひもとく未来と環境」

画像「マンガがひもとく未来と環境」 (アサヒ・エコ・ブックス) 石毛 弓 (著)  清水弘文堂書房 2011年 1680円

僕はいちおう、環境問題を考えるのが使命であるという総合地球環境学研究所に勤めていますので、こっそり告白しますが、近頃チマタにあふれる環境系の標語にはいささか辟易しています。電気はちゃんと消しましょう。無駄な水は使わないように。ああそれから、ゴミはちゃんと分別しているかな?地球にやさしいエコライフ。使い捨て、ポイ捨てはやめましょう。などなど。「環境倫理学」と聞くと、あの校則か道徳のようなお題目を思いだしてしまって、一歩も二歩も後ずさりしてしまいます。でも、この本はあっという間に読み切ってしまいました。

筆者の石毛弓さんは、イギリスまで西洋哲学を学びに出かけ、環境問題や倫理について研究しているという猛者ですが、実際にお会いすると見渡す限りの守備範囲の広さ、話題が豊富で美酒と美味をこよなく愛する淑女でいらっしゃいます。そんな女史がサブカルチャーの王者、マンガに描かれた未来像を手掛かりに環境問題を論じるというのですから、読まないわけにいきません。まず、マンガ作品を舞台回しに環境倫理学をわかりやすく解体し、読者自身に、環境とは何か、どう関わっていけばいいのか、深く考えさせる手際に脱帽です。

石毛さんは、未来を考えることは、この地球という環境とどう付き合っていくかに思いを巡らせることにほかならないといいます。地球は、宇宙の中ではちっぽけな星であり、その資源には限りがあるからです。それでは、マンガの中では、未来はどのように描かれているのでしょうか。石毛さんによれば、戦後のマンガにみる未来像は、作品の描かれた時代によって三つのタイプが移り変わってきました。まず、鉄腕アトムなどに代表される、たゆまず進歩する科学技術がもたらす明るい未来(「地続きの未来」)。続いて、冷戦の激化、環境問題が意識されるようになった時代に生まれた「世界の断絶」の物語(「風の谷のナウシカ」など)。ここでは、壊滅的な事件によって現在の世界がいったん滅び、まったく新しい世界の姿が描かれます。核戦争や環境破壊に対する恐怖心が背景にあるというのです。そして冷戦後には、現代につながる「終わらない日々」型の未来像が登場します。冷戦が終わっても、地球規模の環境破壊は進行し、出口の見えないテロや紛争は、先行きの不透明感を増していくばかりです。未来は現代とは断絶せず、現代の日々の延長上にあるのだけれども、けっして明るいとはいえないというものです。

このような分析自体、作品の中にその時代の空気が大きく投影されていることがわかって、とても興味深いものです。しかし、石毛さんは、未来像の分析にとどまらずに、一歩進んで、では、現代に生きる私たちは、これからどんな未来を夢見るのか、と問いかけます。石毛さんは、環境問題は、地球の未来の姿を想定することなしにあつかえないといいます。そして、どんな未来を望むのか、自らに問いかけることこそ、私たちひとりひとりが環境問題にどう関わればいいのかという答えを用意するのだし、それこそが「環境倫理学」なのだと訴えます。

 私たちは、本書の中で取り上げられた作品の多くが夢見た未来の代表、21世紀にすでに生きています。そうやって改めて周りを見渡してみると、石毛さんが紹介した三つの未来、「地続きの未来」、「世界の断絶」、「終わらない日々」は、じつは全部現実になっているのではないかと思います。今、私たちは携帯電話やコンピュータ、さまざまな家電製品に囲まれ、連休には海外に気軽に出かけます。これはある意味で「地続きの未来」が実現したといえるでしょう。そして今回の地震と津波では、悲しいことに数多くの町が一瞬で姿を消しました。原子力発電所の爆発は、立ち入ることさえできない地域を生み出しました。被災地はもちろん、その外でも、それまでの日常が断ち切られたといえないでしょうか。戦争やテロも同じ衝撃をもたらします。深刻化する環境問題、長期にわたる経済や政治の低迷、容赦のない高齢化の波、冷戦後の世界情勢は、「終わらない日々」そのものです。

私たちの前には、どんな世界が待っているのでしょうか。今日、だれもがその答えを求めながら、不安を感じているのではないでしょうか。私たちが前を向いて生きていくためには、何かはっきりした未来像が必要なのです。石毛さんは、環境倫理学の立場から、前向きな未来像を作るためには、まず何よりも、私たちが地球という小さな星に住み、限られた資源やほかの生き物とうまく折り合いをつけていく道を考えることが必要だといいます。環境問題をまじめに考えるのは、何も窮屈な校則や道徳で生活をしばるというのではなく、積極的に未来を考えることにほかならないのだ、と。深く納得させられました。

とはいえ、個人的には、地球という星の限界を乗り越えるために、宇宙に飛び出す夢も積極的に考えるときに来ているのではないかとも思っています。私たちは、今や自由に行き来が可能な世界に住んでいると思いがちですが、実際には数多くの国境線に囲まれ、これを維持するためにこれほど軍事費に力を割いている時代もないでしょう。軍事費のほんの数パーセントだけでも、月や火星、宇宙の探査のために回せないものでしょうか。私たちのちっぽけな存在を実感し、資源の限界や環境問題の大切さに本当に気付いて、前向きで壮大な未来を考えるために、じつに安い投資だと思うのですが。

私たちが生きるために未来を思い描くことがとても大切という、すごく大事なことをまじめに考えさせられる一冊でした。

(内山純蔵 総合地球環境学研究所)

コメント

  1. kancho- より:

    「漫画」のいい評論は多いが、実物が出てこない。写真、絵画などイメージ系は、引用しようとすると莫大な費用がかかるからだ。それは、梅棹忠夫写真展をやったとき、本人(肖像権)、撮影者、管理者(出版社など)でがんじがらめになり、苦しかった。元凶はアメリカのような気もするのだが、文章や研究成果はパクラレ放題なのにねー。むつかしいもんです。

  2. 長江 より:

    マンガには縁遠いおばあさん世代にもなるほどと納得させる説得力。ただ、ターゲットとしている16~19歳にはとっつきにくいかな。いっそのこと章立てのタイトルを「鉄腕アトム」「ドラエもん」「風の谷のナウシカカ」……としたら、なんだ、なんだと入りやすいかも。

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