どんじ展関連歴史講座「水辺の祭祀-宗教考古学の視点から-」

「どんじ祭」展もいよいよ今日が最終日。ロビーには、どんじ祭の幟(のぼり)とどんじ祭の由来になった伝説を描いた屏風が飾られています。この屏風、アニメ日本昔ばなしみたいで、かわい~の!

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ところで、昨日(11月26日・土)午後2時から、小山修三館長と高橋真希学芸員による歴史講座「水辺の祭祀-宗教考古学の視点から-」がありました。
最初に、小山館長が「オーストラリア・アボリジニと水」について話しました。概要は昨日のブログのとおり。スクリーンに映っているのが、「点描画」で、同心円文がたくさん描かれています。

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続いて高橋学芸員が「水辺の古代祭祀」について講演。どんじ祭は、釈迦ヶ池と関連があり、水との関わりが深い祭です。

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南吹田にある五反島遺跡は、川のあと(神崎川旧河川)の遺跡で、弥生時代の堤防のほか、古墳時代と平安時代の遺物がまとまって出土しています。そのなかでも平安時代の銅鏡や馬具、鉄鏃、墨書土器(土器に字や顔の絵などがかかれている)、かまど等は、川のそばで行われる祭祀-大嘗祭翌年に難波津でおこなわれる「八十島祭」-につかわれたのではないかという仮説があるそうです。

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弥生時代中期の池上曽根遺跡(大阪府和泉市)には大型の井戸跡がありますが、それに隣接して巨大建物跡があり、これは水をまつった神殿と考えられています。また、湧水点にある伊賀市の城之越遺跡でも、祭祀につかう道具がたくさん出土しているそうです。奈良県御所市の南郷大東遺跡には、導水施設(木樋)と、それを覆う建物跡がみつかっており、水に関わる祭祀が行われていたと言われています。このように、水辺にある遺跡には、祭祀のあとと考えられる痕跡がたくさんみられ、水が生活、とくに水田稲作にとって重要であったことがわかります。

この日はカンチョーが発表者なので乱入はなく、あとは質疑応答となりました。

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(こぼら)

コメント

  1. てつ より:

    関係ないですが 市長が変わって何かかわりましたか?の質問には反応してしまいました。「なんもわかってない」

  2. もぐら より:

    水のない水辺の遺跡の写真はわかりづらいですなあ。

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