館長ノート 36

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観蝶日記:アサギマダラ -空を飛ぶものvs地を這うもの-

万博公園の森に行った。鬱蒼とした森があの更地に40年弱の時間をへて立ち上がっている。ドイツの森を見て回ったとき、炭坑あと地の植生回復にはすくなくとも80年かかるという話を聞いたのだが、温帯と、亜寒帯の植物の繁殖力はこれほどまでに違うのかとおどろいた。

わたしが公園のなかにある職場、ミンパクに勤めはじめたのは1976年、木はまだひょろひょろで、明るく開けていた。朝、つがいのキジが道にでてきて、ゆうゆうと餌をついばんでいるのによくでくわした。部長の伊藤先生が楽しみにしていて、一日心が豊かになるとうれしそうに話していたのを思い出す。しかし、キジはもういなくなった。植物が繁りすぎてすめなくなったのだ。これは、山に手を入れなくなったことで、いま日本各地でおこっている問題である。

万博公園でも、それに気がついて、わざと木を切り倒し、「ギャップ」をつくる試みをはじめている。これは、大風や地滑り、山火事などできた極相林の空き地で、あたらしい遷移がはじまって、フローラ(植物相)ばかりでなくファウナ(動物相)も活性化する自然の現象に学んだものだ。

おかげで、鳥や昆虫はおおくなったが、(イノシシ、クマとはいわないまでも)ネズミやウサギといった獣、ヘビやトカゲなどがほとんど現れないという。考えてみると、それらは地上を這ったり、走ったりして移動するものだ。オーストラリアで見た、カンガルー、ウォンバット、タスマニア・デヴィルなどの希少動物の死体が自動車道に累々と横たわる光景を思い出す。彼らはアスファルトの道路、コンクリートの溝や塀で分断された道を渡ることができないからである。飛ぶものにはそんな障害はないといっていい。

現在の千里ニュータウンには緑が都市という海に浮かぶ群島、または砂漠のオアシスのようにのこっている。さらに、歩いて観察してみると、「海」であるはずの住宅地のなかにも街路樹、庭木、鉢植え、雑草などが多数点在している。クスノキとアオスジアゲハ、パンジーとツマグロヒョウモンのように、大きな占有地を必要としないチョウにとっては、ニッチがふえ多様化した、いい環境といえるかもしれない。

命が短く、か弱い(と思ってしまう)チョウのなかで、ヒメアカタテハ(ヨーロッパ)、オオカバマダラ(北アメリカ)、ワタリオオキチョウ(南アメリカ)、イチモンジセセリ(日本)が集団で、長距離を移動することがしられている。最近、めざましく実態解明が進んでいるのがアサギマダラである。1980年から鹿児島でマーキング調査がはじめられ、現在では「アサギマダラを調べる会」を中心に大きな成果をあげている。

1981年5月に種子島でマークされたものが10月に福島で再捕獲、ほかにも台北から滋賀などと、直線で1000キロ以上、「堂々たる海を渡る蝶」であることがわかってきた。大群での移動は聞かないので、家族単位くらいの小集団で旅をするのであろうか。ことしはアサギマダラの姿をまだみないが、そのうちきっと見かけるだろう。長い旅の途中で、千里の緑のオアシスでほっと一息ついているのかもしれないではないか。
(観蝶シリーズ最終回です)

 

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