「語り合おう!吹田の環境教育」第二部 基調講演

第二部は大阪学院大学国際学部教授でアジェンダ21すいた代表の三輪信哉さんの基調講演「地球環境の未来と環境教育:吹田市から考える」がありました。
画像 まず、小中高校生の発表を聞いた印象を語ったあと「アジェンダ21すいた」の説明をしました。
 市民・事業者・行政の協働で平成17年3月、「アジェンダ21すいた計画」ができ18年に「アジェンダ21すいた」という組織が立ちあがりました。この組織も市民・事業者・行政の協働によるもの。92年の地球サミットで策定された行動計画「アジェンダ21」では実施組織、資金が明確に書かれていて、その点で画期的でした。「アジェンダ21すいた計画」はこの地球規模で始まった行動計画の地方版なのです。アジェンダ21すいた」はできて5年になりますがまだまだよちよち歩きの段階です。

 次いで地球温暖化についての説明です。吹田市は「二酸化炭素の排出量を10年後までに25%削減し、40年後までに75%減らす」という目標を立てています。いますぐ実行に移さないと間に合わないでしょう。しかし即効性をもとめるために国の方針は原子力発電に頼った面も見受けられます。循環型社会形成でごみも量の削減よりも灰を溶かして容積を減らそうとしているのと同じで、低炭素社会形成も大量生産大量消費からの方向転換がいまひとつ見受けられない計画のようです。環境技術の発展を加味しても私たちの行動=ライフスタイルをどのように変えていくかが問われています。

 環境教育という言葉はもう60年以上前の1948年から使われています。当初は公害問題が主軸でした。1987年「持続可能な開発」という言葉が生まれました。それは「将来世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」と定義されてます。人口が増大し、資源やエネルギーが必然的に減少するときに、「こんなことできるのかな?」と思わないでもない定義です。2002年には国連本会議でこの言葉を含んだ「持続可能な開発のための教育の10年」が採択されました。日本では1994年に環境基本計画が閣議決定され「環境教育が重要だ」となりました。国際レベルでの「持続可能な開発のための教育」では貧困や人権、平和などまで含めていますが、国レベルでは、そのような考え方は含まずとらえかたが異なっています。1999年には中央環境審議会が同様の答申を出し、政策の意思決定プロセスに国民の参画を促す基盤作りが必要と書かれてます。つまり国際、国内でいずれも持続可能な社会をつくるために主体的に参画できる人の育成が必要なのです。参画や意思決定参加などができる人を育てることは重要です。

 自治体の動向について説明しますと、政令都市では、環境教育条例を持つ都市はありませんが、環境教育計画、指針、実行計画など、市の各主体が一丸となってとりくむ方向性を定める自治体も増えてきています。吹田市は環境教育三世代スキームという言葉を用いて、事業者、NPO、行政が三者が補完的に施策を展開していますが、市としての環境教育計画や指針はまだありません。

 最後に、私は学生時代沖縄で経験したことですが、船の乗組員がごみをすべて海に捨てていたことを覚えています。これは船のなかにごみをためることは衛生上好ましいことではないので乗組員の健康維持のためごみをただちに海に捨てていたのでした。現在は船でもごみは分別処理されています。海を愛する人々がそのような行動をとっていた、ということから考えると、つまり教育によって人の行動は変わってくるものなのであり、教育の力は大きいのです。自分以外のあらゆる生きもの、そして遠くの、あるいは未来の人や生きものに注意をはらう行動が必要なときであり、そのような感性を身につける、その結果が30年、50年後に必ず現れてくるのでしょう。

(おーぼら)

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