カンチョー東京講演なう2

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はじまりました!

【内容は飛びまくって要約はできないのですが、こんなことを話していました】
梅棹さんの華々しい人生にも、何度かの挫折があり苦難の時代があったが、それのりこえてきた(先週3/20のすいはく講座の最初の部分と同じ)。
晩年、そういった話の聞き役がなぜ「コヤマ」にまわってきたのか。それをアボリジニの親族関係を例に出して考察。直系のオヤコというかたい関係ではなく、とくに退官後は上司部下の関係からも自由になり、joking relationshipにあったからではないかと分析。
すいはくの写真展について:みんぱくの展覧会は、梅棹さんの「歴史」をきっちりおさえている。すいはくで同じものをしてもつまらない(し、同レベルのものはとてもできない)。そこで、人々の「記憶」をほりおこし、それを歴史とつきあわせるような展示を考えた。それが「わたしの1枚:梅棹さんとわたし」である。市民の京大カードの思い出や、片寄先生、祖父江先生の例などを紹介。
それにしても、文章の書き方から組織運営まで、さまざまなことを聞いて、わたし(たち)は何を学んだのだろうか・・・あの本のまえがきやあとがきを書いていると、複文は書いてしまう、難しい漢字や表現をつかってしまっているのに気づき、愕然とした。

(こぼら)

コメント

  1. okkun より:

    師匠の技がとうてい継承できないことを身をもって示すことによって、師匠の偉大さを証明する弟子の役割…というのも、ある種のjoking relationshipではないでしょうか?(これは複文)

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