『二十一世紀の日本を考える』の思い出: 小松さんとわたし(3)

画像あと四半世紀で二十一世紀(二〇〇一)になるという一九七六年秋。民間放送二十五周年記念行事として、おそらく日本で最初の二十一世紀の日本を論じたシンポジウムがホテルオークラでおこなわれた。フジテレビにいた私は事務局として、小松さんに総合司会をお願いしたのは、その一年前だった。小松さんは「未来論はいろいろあるけれど二十一世紀論はまだ見かけないから」と即座に快諾され、会話の中でパネリストの候補まで頂いた。

農業経済の川野重任、文化人類学の川喜田二郎、経済政策の加藤寛、国際政治学の高坂正堯の諸先生。総合司会小松左京以下、全員の頭文字をKでそろえた悪乗りぶりだった。奇跡的に開催日である翌年の十月六日にすべてのKさんの日程が空いていた。

超売れっ子の小松さんの上京日に合わせて、予備討議のためにパネリストのKさんたちに集まっていただいたが、本番までの一年間に全員が顔を揃えたことは一度もなかった。ぶっつけ本番の二時間をそのまま出版したのがこの本で、資源、食糧、人口、環境、外交、教育など、いま読み返しても卓見に溢れている。

(白川文造)

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