館長ノート 8

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おしゃべりなモノたちー「歴史」になっていく「現在」
今回の展示の主役はモノになるのではないでしょうか。
過ぎし日のモノたち-ベビー用品、おもちゃ、学習具、本、服やアクセサリー、台所道具などなど-私たちを取り巻いていたモノたちは、なつかしく、さまざまな連想をさそいます。このあいだ、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」をみてきました。1950年代のモノ集めに大変苦労したという話を聞いて、千里NT展の参考になるかと思ったからです。オロナミンの看板やミゼット、氷屋さんの冷蔵庫などなつかしく、効果的に使われていました。
60年代グッズはいま一種のブーム状態にあり、各地のコレクションや展示が報じられています。しかし、この展覧会では、この地で集めるのが望ましい。うまくいけば、あつまったモノがかもしだす雰囲気が、鈴木さんが言う「千里スタイル」を示すことになるし、なによりも、コレクション自体が吹田市立博物館の貴重な宝となるでしょう(今の小学生にとって40年前はもう昔のはずです)。しかし、これはなかなか難しい作業になるでしょう。それは私たちが、「現在」とはあたりまえのもので、別に博物館に飾るような特別なものではないと思って捨ててしまうからです。(家も狭いし)。

ここで歴史とはなにかを考えてみましょう。それは決して崇高なガクモンなどではなく、私たちみんながが日々紡ぎだしているもの、別の言葉でいえば、毎日は「歴史」へとどんどん変わっていっているのです。もちろん、一人一人の記録やモノをすべて保存することは不可能なことですが、普遍的ななにかを「的確にとらえる」ことはできるはずです。何を集めるかの戦略をたてて、みんなに呼びかけ、収集にかかりたい。今回は絶好のチャンスだとおもうのです。名案はないでしょうか。みなさまの知恵と実行力に期待しています。

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