丘は見ていた。

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昔、大阪の北のほうに、美しい竹林におおわれたなだらかな丘陵があった。竹は毎日そよそよと風と語り合い、平和な日々を過ごしていた。竹林はいろいろな生き物の棲み家だった。その一角には山桃の一群もあって、鳥たちはその実をついばんでいた。村の人間たちは竹林を手入れし、溜め池を作り、ひっそりと自然の分け前に預かっていた。丘はそれらすべての営みを包み込んで、なだらかにどこまでも続いていた。

しかしあるとき、異変が起こった。町の人間たちがこの丘を切り開こうと、この丘に分け入ってきたのだ。町には土地が足りなかった。戦争が終わり、平和な時代になって、人間たちの数は急速に増えていた。

最初は小規模な団地やテレビスタジオが竹林の中に作られた。それはモダンな最先端の生活の象徴だったが、人々はこの竹林に囲まれた山桃の木に鳥たちがやってくる自然をとても気に入ったので、大きな山桃の老木を残すことにした。「町はとても混んで人間で一杯です。この丘に入り込んで、自然を切り開くことをお許しください」と人々は願った。丘は黙って人間たちの願い事を聞いていた。

やがてさらに大きな白い町が切り開かれ、それは新しい町、ニュータウンと呼ばれた。道路も作られた。そのたびに竹林は自分の領域を町の人間に分け与えていった。万国博という世界的なお祭りもやってきた。それは村のお祭りとずいぶん違うようだったが、不思議な形のヤグラが建ち、遠い外国の音楽も風に乗って聞こえてきた。日本中、世界中の人たちがこの丘にやってきて、竹林の美しさに心を打たれた。

山桃の老木のある場所からは、この様子が遠くよく見えた。ずいぶん竹の仲間たちは少なくなってしまった。しかし人間たちは、なにやら楽しそうにしているようだ。

やがて老木は寿命が尽きた。竹林は静かに見送った。人間たちは種を取り、山桃の若木をそばに植えた。老木は人と自然が隣り合って暮らした記念碑になったのだ。

人間たちの数は増えることをやめ、白かった町はいつしか緑の町になっていた。町の人間は丘の人間になり、気づいたのだ。自分たちが丘の自然に守られてきたことを。竹林や、ホタルや、タンポポや、残された自然を積極的に増やそうと人間たちはし始めた。竹は昔と同じように風と語り、鳥たちはさえずっていた。丘は見ていた。すべての営みを包み込み、なだらかに、いつの時代も。==================================================================================
展示全体を括るイメージが作れないかと思い、「丘全体」を主役にして書いてみました。すると、人口増加時代の「巨大開発」の象徴だった千里ニュータウンが、人口減少時代の到来と時を同じくして「自然との共生」に帰っていくさまが浮かび上がってきました。これは千里丘陵のストーリーですが、いま千里を見つめることは、日本全体に広がる普遍性を持っていると感じました。

(by okkun)

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