こちらの記事でもお知らせした「マニアエキスポ2006」、あっという間に10/1が最終日ですが、9/23と9/24の2日間行ってきましたのでご報告。
●会場は万博記念公園内の鉄鋼館。
(吹田市立博物館じゃないですよ!)今となっては現地に残った唯二の当時のパビリオンです(あと一つはテーマ館=太陽の塔)。当時としては本格的な音響設備を備えていたため残されたのですが、結局活用されることもなく、ふだんは人が入ることはできません。でもきょうは別!(2010年にはここを万博資料館に再整備して正式オープンするとの報道も…)
●胸に赤い花をつけてるのがプロデューサーの白井さん。
当時のポスター各種も展示され、雰囲気を盛り上げています。どれもさすがにレベルが高い!右後ろに写っているのは、日本館に展示されていた「よろこびの塔」のタペストリー。ひさびさの虫干し?
●9/23のイベントは「万博遺跡探訪」。
日本中に移築されたEXPO70パビリオン(や、その断片)を追いかけた涙の記録です。スライドに写ってるのは四日市に移築されたオーストラリア館。…で、なんと、吹田の図書館にもニュージーランド館の壁画が現存しているとか!?…そういえば片山の本館にそんなものがあったような…?この奇特な「建築探偵」さんのHPはこちら。
●9/24は鉄鋼館の元ホステスさんのトークショー。
今でも素敵なお三方が現地同窓会。面白かったのは、当初は6000万人も客が入るなんて誰も想像していず、ローテーション表もなしで適当にスタートしてしまったら来るわ来るわ…。これじゃ休憩も取れない!話が違う!と談判したところ、とにかく万博と言えばなんでも一流の人に頼んでいたあの頃、国鉄で新幹線のダイヤを作っている人が作成した完璧なローテーション表が出来てきた…というお話。あるいは「万博はたった半年間だったけれど、その後の人生、ずっと影響は消えてない。イベントで人に喜んでもらう楽しみに目覚めてしまって…私、今でも地元でイベントやってるから来てください!」と、チラシをまく方も…。
「たった半年だったけど半年じゃなかった」というのは、当時からの吹田市民としてはよ~くわかります。「イベントで人に喜んでもらう楽しみに目覚めてしまって…」というあたりも、千里NT展に関わった者としてはすご~く実感。
●千里NTと万博の年代別・航空写真も。
この写真は1967年、千里NTは出来てて(上の白い部分)、万博会場はまだ出来ていない頃(下の山林の部分)。
<万博が吹田市に残したものは何だったのか?>
太陽の塔と巨大な公園と図書館の壁画だけ?…いやいや、みんぱくもあるし、みんぱく人脈もあるし、なんとなく市民全体が「イベントって思いきりやると、一過性じゃなくってあとあとまで思い出が出来て楽しいよね」ってわかってることが最大の遺産かもなあ…と思ったのでした。その原体験があったから吹博の「千里NT展」も盛り上がったのかも?たった半年間で、その後36年分のエネルギーをチャージしてしまって、まだまだ尽きることがない…EXPO70は、まだ千里丘陵では続いてるのかもしれません。
◎10/1(日)も午後2時から、みどり館元コンパニオンによる万博のための邦楽再現演奏がありますよ。今年のラストチャンスです。
(by okkun)
コメント
okkun、入りはどうでしたか?
私も先週の日曜の昼ぐらいから見に行ってましたが 天気が良かったのと なんだか スマップの香取慎吾ちゃんも来てたらしく 相当 万博公園は人は多かったんで そんな人達が 太陽の塔の前から続く看板にひっぱられ やってきてた様に思います 結構 展示見てた人多かったし グッズ買うひともみましたよぉ 今日 最終日は あいにくの天気ですが どれくらい入ってるかなぁ~^_^;
この1967年の千里NTと万博用地の写真には、推定わずか5年間ほど存在して万博会場に呑み込まれていった幻の「山田上団地」が写っています(画面下方左の山林の中の白い部分…現在の「おゆば」の上あたりです)。旧山田の集落でもなく、千里NTでもなく、開発されてわずかな期間で壊された小さな団地。それほどこの時期は変貌が激しかったのです。