「タケと地球環境問題」
佐藤洋一郎 (総合地球環境学研究所)
今、西日本の各地で、タケ林の拡大が問題になっている。いろいろある種類のタケの中で、一番面積が広く、かつ一番の新参者であるモウソウチクの拡大が問題になっている。モウソウチクは近世に、当時の琉球王国から持ち込まれてから急速にひろまったとされる、外来の栽培植物である。その利用はタケノコに始まり、さまざまな日用品にまで及んでいる。
戦後、とくに高度経済成長以後、日本人は里とのかかわりを絶ってきた。農業や林業にかかわる人口は激減し、山林は放置された。田でさえ、休耕によって使われなくなった。これを含めた耕作放棄地はいまや全耕地面積の8%を超える(農林水産統計2006による)。食料、木材はじめ生活に必要な資材は次第に輸入に頼るようになった。タケもまた例外ではない。タケノコはじめ使われる竹材はどんどん輸入に頼るようになった。こうして、栽培植物として持ち込まれたモウソウチクは、使われることもなくなり、やがて管理もされることもなくなった。
使われもせず、管理もされなくなった栽培植物がたどる道は2つしかない。他種との競合に負けて急速に姿を消すか、反対にいわゆる「雑草化」して里域に広がってゆくかである。西日本の気候に適合し、また多年草であるモウソウチクは、後者の道をたどりつつあり、今では「竹害」という言葉を生むまでになった。むろん一部の竹林はちゃんと管理され、その存在は風土に溶け込み美しい景観の一部をなしているが、残念ながら多くはそうではない。竹害は、人間が自らもたらした問題である。
モウソウチクの将来はどうなるだろう。手の入らなくなった竹林では、タケをおかす病気が発生するなどして内部が荒れている。もともとが栽培植物なだけに、タケの生存には人による管理がやはり重要である。モウソウチクはもとから根が浅いため、とくに内部が荒れると大雨などのときに地すべりを起こす可能性も指摘されている。地下茎で増える竹林はクローンをなし、どれもがまったく同じ遺伝子をもつ。しかも短期間に急速に拡大したうえ生殖期間が何十年と長いため、モウソウチク全体が遺伝的多様性にきわめて乏しいと考えられる。病気の発生は大流行になる危険性も否定できない。ほうっておけばモウソウチクは壊滅的打撃を受ける危険性もゼロではない。
そうすれば竹害は解消することになるだろうか。たしかに竹林の盛衰は、百年、千年の目で見ればまた違った展開を生む。生態学の言葉でいうところの「遷移」のために、山が常緑の木々を混じえた落葉広葉樹林になってゆくことも考えられる。しかし一年、一〇年の単位で考えれば、モウソウチクの急激な盛衰が私たちの生活に大きな被害を与える可能性が高い。竹林の消失でできるであろう空き地は、雨が降れば崩れ、大きな土砂災害を起こす危険性がある。そこまでゆかなくとも、遷移の初期にできるいわゆる荒地の植生は、景観を損ない、害虫や害獣の発生源となって近在の田畑や住宅に迷惑を及ぼすことだろう。竹害は、人間のわがまま、心変わりをとがめるタケによる人間への復讐なのかもしれない。
(図録『平成20年度夏季展示 千里の竹』pp.4-5, 吹田市立博物館 2008 より転載)
◆シンポジウム「千里をかける竹」◆があります!
日時 7月18日(金)・19日(土)いずれも午後2時から
場所 吹田市立博物館 講座室
総合地球環境学研究所の佐藤プロジェクトメンバーによるタケをめぐるシンポジウムが開催されます。佐藤洋一郎先生のほか、ラオスのタケの焼き畑にくわしい川野和明先生(鹿児島黎明館)の講演があります。
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