11/15(日)、無料観覧日のみんぱくの入場者は8000人をこえ、何回も入場制限して待ち行列ができたそうだ(ちなみに、その日のすいはく入場者は180人、もちろん(元)国立博物館とは比べるべきもないが)。
いま、特別展「自然のこえ 命のかたちーカナダ先住民の生みだす美」をやっているので850円のお得。本物の資料のほかビデオや体験工作など、あたらしい仕掛けがとりいれられていて意欲的な展示なのだが、意外に入りが悪く企画者のk教授はヤキモキしていた。だから、これで、入場者に関するかぎり協力してもらったカナダ政府諸機関に面目が立ったと胸をなで下ろしたそうだ。
「無料にすればたくさんの人がくるか」という点については、考えさせられるところが多い。明るい面から言えば、博物館にこれだけの数の人がおとずれたということは、日本人の知的レベルがあがったと見ていいだろう。当日は好天に恵まれ、万博公園への人出が多かったのだが、交通不便なこの場所に来るにはおカネもかかるはずだから。
暗い面とはなにか。今の博物館はカネを払って人を呼ぶには、装置的に欠陥がある(もう時代遅れになっている)のではないかという危惧である。博物館に人が来なくなったというのは今や全国的現象で(みんぱくも例外ではない)、特にアカデミックな面がつよく出過ぎると人が来ない。人々は学者のエゴなどに付き合う気がないのである。
ここ数年のすいはくの統計をみれば、展示の予算規模と観覧者数の相関関係はほとんど認められない。さらに、イベント参加者と観覧者の比をとると、イベントだけに参加した人の数が大きく上回り、その差は年を追うごとに広がっている。
最近、「事業仕分け」が世の注目を浴びている。税金を使って博物館を運営しているかぎり、分かる人だけ見ればいい、入場者数など関係ないと嘯いてはいられないのだ。しかし、結局は費用対効果が問題となり、博物館はどれだけの人を呼べるかに命運がかかっているのである。
博物館の経営者としては、厳しい予算削減の中でも、市民の知的要望にこたえる企画、斬新な演示、広報などに努力しないと、滅びの道を歩むことになるだろうと思うのである。
(カンチョー)
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