初夢はくぶつかん2008…16.自然もとりこんだ総合博物館へ

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★ 201×年の1月の午後4時頃、吹田博物館には手に手に、カブトムシやいろんな虫を持った子供や草花の標本を持った大人が嬉しそうな顔をして集まってきています。
この春に博物館で開催される「吹田の生き物展」と「吹田の植物調査」の準備ボランティアスタッフの人たちです。

★ 吹田博物館は、最近「放課後博物館」と呼ばれるようになり、一般市民や学生が学校帰りや仕事帰りに博物館に立ち寄って、会議や作業を常時している状態です。
博物館の中は、持ち込まれた生き物の標本をどう扱い、展示するかを今日も議論しています。博物館は昔、歴史博物館で生き物は扱わなかったのですが、その後、「総合」博物館として生まれ変わり、生き物や文化活動なども博物館の大事な仕事として位置づけ、専門の学芸員もいるようになりました。また、紫金山にはビジターセンターも設置され、吹田の生き物の調査や収集、展示、学習の場としても活躍し、博物館との連携もうまくいっています。

★ 吹田市は1960年代から千里ニュータウンの開発がおこり、1970年には万博が開催されました。その後、マンションなどが急激に建設され、2010年ころには、わずかに残されていた、大きな社宅地や企業地に残されていた吹田の原風景もマンションに変わっていきました。しかし、反対に、万博公園の森は大きく育ち、適正な管理方法も研究され、人工林から自然を意識した森づくりが盛んに行われるようになりました。

★ また、吹田操車場跡地も紆余曲折があったものの、広大な自然再生の森が市民参画で行われ、徐々に吹田の原風景を再現しつつあります。緑地が少なかった吹田市南部に、豊かな森が線状に創設され、JRに乗っている人も緑の中を電車が走っている風景に満足しています。

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★ 吹田総合博物館では、それらの吹田の自然の変化とそこに生息している生き物たちの生態を市民にアピールするために参画している人たちでした。2007年頃に始まった吹田市民が博物館のイベントや研究への参画は、今では、当たり前になり、興味関心のある普通の市民が、放課後や休日にたくさん集まって、博物館関係者と自分たちの手で博物館の行事をするようになりました。
多くの自然が失われましたが、逆に無くなってから、自然に親しむことの必要性が高まり、吹田市内に自然再生の気運が高まっています。

★ 無くなってしまってから、大事さに気づくという人間の愚かしさを考えていたら、正月の夢から目が覚めました。

(タカちゃん)

コメント

  1. okkun より:

    緑の中をJRが走っていけば、乗客の中から「吹田市に住みたい!」と思う人も増えるのではないでしょうか。

  2. みっちゃん より:

    さすがタカちゃんさん。夢も、のどかでいいですね。
    でも、これは夢でなく実現可能な話。きっと正夢ですね。

  3. おーぼら より:

    他方、南極や北極海の氷、ヒマラヤの雪がなくなってから気づくというのどかな大国があることも現実なんですね。
    ところですいはくが無くなったら、気づく市民はいるのかな?そっか、市報に出るか・・・

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